物思いにふける

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主観的映画感想その9、シャーリーズ・セロン主演『Monster』。

昔拝見した映画、『モンスター』。

初めて見た時のインパクトが強く残っており、もう一度、現在はどう感じるのかも含め再度鑑賞し、その感想を綴らせていただこうと思う。

 

 

(2004年9月25日上映/109分/製作国アメリカ)

(ジャンル:ドラマ、クライム、伝記)

(監督・脚本:パティ・ジェンキンス)

(キャスト:シャーリーズ・セロンクリスティーナ・リッチetc...)

 

 

映画『モンスター』について

映画『モンスター』は、実在の女性連続殺人犯「アイリーン・ウォーノス」をモデルにした作品。

アイリーン・ウォーノスは貧困と暴力に満ちた過去を背負い、路上で売春をしながら生活をしている。

社会から見放され、孤独と絶望の中で日々を過ごしていた彼女は、同性愛者のセルビーという若い女性と出会う。

セルビーとの関係は、アイリーンにとって初めて人として愛される経験だった。

普通の生活を夢見るようになるが、現実はあまりにも過酷。

生きるため、愛を守るためにとった行動は取り返しのつかない連鎖を生み出していく。

 

 

主観的感想

この映画を見ると、この世の「善と悪」について考えされられてしまう。

冒頭、アイリーンは「残り5ドルしかない。」と呟き、有り金を使い切ったら命を絶とうと考えている。

それほど、人生に疲れ果て、絶望してしまっている。

しかし、そこで出会う18歳の同棲愛者のセルビー。

当初セルビーを拒絶していたアイリーンだったが、二人で酒を呑むにつれ距離が近まっていく。

そして自身の愛する人に。

序盤はまるで二人のメロドラマを見ているような感覚。

使用されている曲も相まって、この先に希望があるようにも感じてしまうのですが。

 

本作『モンスター』では、アイリーンの犯罪を正当化せず、決して同情を誘うような描写があるわけではありません。

しかし、幼少期からの辛い経験、生計を立てるために売春という手段しかなかったアイリーンは、環境の犠牲者だったのではと感じてしまう。

アイリーンが人生で望んだのは、愛する人を得ることだけだった。

セルビーという愛する人を手に入れたアイリーンは、それを守るためなら何でもしようとしたのだろう。

また、最初の殺人に対して何の疑いもかからなかったことが、その後の犯罪を容易にしてしまった。

とんでもないことだが、犯罪ということしか手段がなく、そしてそれくらい二人の生活を守りたかったのだと感じる。

終盤、警察に盗聴されたアイリーンとセルビーの電話での会話で、殺害の責任は全て自分一人にあると認め、自分を起訴したセルビーに一切の恨みを抱きませんでした。

もし、自分がアイリーンと同じ環境で、他の手段が何もない環境だったらと考えると、色々と考えてしまう。

勿論、罪を犯すという行為は肯定できるものではありません。

ですが、一概に「悪」というだけでは説明がつかない。

何かきっかけだったり、ほんの少し環境が違ったら違う結末になっていたのではないだろうか。

彼女は生まれた時から「モンスター」では無かったのではないか。

答えは難しい‥。

 

アイリーンは12年間の服役の後、死刑が執行される。

映画でのアイリーンの最後の言葉、

「愛は全て打ち勝つ」

「どんな困難でも必ず光が差す」

「信仰は山を動かせる」

‥‥‥「全部クソだ。」

これを最後に聞いた時、彼女は本当に救いがなかったのだろうと、心が痛くなってしまった。

 

 

シャーリーズ・セロンの演技

主演のシャーリーズ・セロンは本作で、約14キロほどの増量の肉体改造と素晴らしい演技力で、アカデミー主演女優賞を受賞。

体重増加だけではなく、煙草の吸い方、ビールの飲み方、話し方なども、いわゆる労働階級の仕草というものが非常にリアルに表現されているのが凄い。

恐らく、何も情報を見ないで鑑賞すると主演がシャーリーズ・セロンとは気づかないのではないだろうか。

特殊メイクもあるとは思うのだが、凄まじい変化。



アイリーン・ウォーノスについて

1989年から91年にかけて7人の男性を殺害した罪で死刑判決を受け、2002年に薬物注射によって死刑が執行された。

アメリカでは死刑になった10番目の女性。

裁判では当初アイリーンは罪を認める気は無かった。

しかし、ティリア(セルビーのモデルとなった人物)が検察側の証人で出廷、警察と司法取引を結び、彼女は起訴されることになった。

誰も信頼出来なったアイリーンの唯一の存在だったティリアの裏切り、全て悟ったアイリーンはこの頃から罪を認めるように。

そして精神鑑定の結果も全て正常であるとの判断だったことが死刑判決への道を開く。

彼女は最後の晩餐を拒否し、コーヒーを一杯だけ飲んだとのこと。

そして最後の言葉は、「あたしはこれから航海に出るけど、『インディペンデンス・デイ』って映画みたいに、イエス・キリストと一緒に母船に乗って帰ってくるよ。6月6日にね。また帰るんだよ。戻ってくるからね」だった。

(一部、Wikipediaから抜粋)

本作のジョンキンス監督は、刑務所に収監されていたアイリーンと文通でのやり取りをしていたようです。

 

 

最後に‥

初めてこの『モンスター』を観た時は、どうにも居た堪れない気持ちになったことを覚えています。

そして今回、やはり同じような気持になったし、もっとリアルに自分だったら‥。ってことも考えた。

アメリカの貧富や環境の差というのは、深い溝があり、そこから抜け出すことの困難さは非常に難しいのかもしれません。

日本は、恐らくそこまで厳しいことは無く、セーフティラインみたいなのが整備されていると思います。

しかし日本も今後のことは分からない。

色々考えさせられる映画です。

 

 

本日も物思いにふけるを見つけてくださった方、お読みいただいた方、ありがとうございました。

 

 

現在Netflixにて『アイリーン:シリアルキラーの数奇な人生』というドキュメンタリーが配信中。

‥多分、私は観ないかな‥。

 

それではまた。